ジャングルさんの双眼鏡・単眼鏡レビュー Binoculars and Monocular Review

素晴らしい銘機から普通機まで、双眼鏡・単眼鏡についてその覚書

最後のダイアリート Zeiss ClassiC 8x56 B/GA T* Dialyt

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Germany T*P*後期品 コーティングに改良の痕跡

7x42 や 6x42 Skipperに知名度で押され、影が薄い8x56

このシリーズでは結局最後まで生き残り、2016年の250台限定 Final Editionを持って最終生産を完了し、有終の美を飾った。

 

ドイツ東西統合前から過渡期にWest Germany表記のT*P があり、T*P*とも比較したことがあるが、対物レンズやプリズムのコーティング色に違いが僅かにある。基本の見え方に大きな違いはないが、GERMANY製の後期製造に近づくとよりコーティングが良質で透明感向上とカラーバランスの改善が見られる(ただ、経年変化もあるかもしれない)。

 

と言いつつも、P*とP機の違いはわずかなマイクロコントラストの改善と色調のかなり「気分的な違い」とも言い切れるので、新旧にかかわらずコンディションが良ければ買いであると思う。(T*や、それ以前ものは扱ったことがないので言及できません)

5cm級にしては軽量であり、1010g(年代により表記が1030g)と扱いやすく、持った際も対物側をホールドすることで、バランスよく長時間疲労なく観察できる。

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絶対的な口径のパワーもあるが、まず視野の明るさと物体の艶を非常に強く感じる。
色彩の濃さが強く、緑や特に赤色が肉眼よりも強調される傾向がある。紅葉をはじめとする自然観察の特に中近景の景色において、前後のボケ空間の絵画的美しさに感服する。近接は実質5-6m以上でしかピントが合わないが、その中においてSkipperなどで味わえる濃密な3D空間描写に浸る事ができる。


中心像は十分な結像ではあるが、先鋭なマイクロコントラストとエッジの鋭さで時に分析的であるSwarovisionの見え方とは対極にある。8x56で鳥見もできると言えばできるが、中心像の先鋭さで比べても、観察用途にはSwarovisionに譲ると思われる。中心像のエッジの立ち方はTrinovid HD 8x32も8x56の上を行っている。時代も違い、Dialytはそこで勝負をする機種ではない気がする。

6x42 Bのカラーバランスがニュートラル気味に若干青みがあるのに比べ、好ましいレベルの暖色系の偏りで収まっている。また7x42が接眼の厚い視野レンズ硝材による色の吸収で、グリーンアンバーに偏っているのと比べるとより明瞭である。6x42 Bと同じく1群2枚の対物、2群3枚の接眼レンズ、ミラー面の無いプリズムという最小限の構成に特殊な硝材を使用してない事からか、妙な特定波長の吸収や光量低下および内面反射が少ない、肉眼視を増強させたフレッシュな映像であり、現行機種で似た見え方をする機種を思いつかない。  同じアッベケーニッヒプリズムを採用しているNikon WXでは、超広視野を確保する接眼レンズに、Tele vue Ethosやその中華コピー製品に見られるような、スマイスレンズ系を含む特殊硝材を使用することによる特定波長の吸収があり、結果的に僅かなカラーバランスの崩れや透過率に現れている。

 

 さて、実際に天文用途において本機はどうかと聞かれれば、それには強くはお勧めしない。

バードウォッチングにも強くはお勧めしない。

 

見かけ視界51度の狭さ、周辺光量落ちが目立つ事、周辺像の崩れが現代基準の許容範囲内か疑わしい、何より瞳径7mmを星空や淡い天体でも発揮できにくい事など一般向けでない理由である。

 

それでも私はこの双眼鏡で得られる空間体験を、なんら商業目的で持ち上げる意図なく多くの人に知ってもらいたいと願う。写真レンズや、絵画における絵筆や絵具のバリエーションが表現の幅を広げるように。

 

星空を8x56で流し見すると、WXとも違った輝星の色純度の高さと瞬き、暗い星々の細かな粒立ちが少し明るい背景バックから、じっと見つめていると徐々に浮き立つ感じが密かな楽しみである。

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