ジャングルさんの双眼鏡・単眼鏡レビュー Binoculars and Monocular Review

素晴らしい銘機から普通機まで、双眼鏡・単眼鏡についてその覚書

SWAROVSKI Habicht 8x30W 2022年製造品

Swarovskiが1949年に販売開始をしたHabicht(記述では最初のリリースが7x42)シリーズですが、今回は現行の2022年生産品であるHabicht 8x30Wについてのインプレッションとなります。



Pros

小型軽量

クラシックなボディデザインと取り回しの良さ

中心像はNL Pureにも比肩する解像力ととても整った像質 カラーバランスの良さ、発色やコントラストの良さ

一見してわかる透過率の良さ 30mmとは思えない明るさ

鏡筒内のネジ切りをはじめ内面反射対策を徹底

目幅やフォカース位置にかかわらず高い視軸精度を保つ機械工作精度

物としての所有感を満たす質感・金属感

Swarovski双眼鏡ラインナップ中においてはコストパフォーマンスが高く価格改定後の現在でも尚お買い得感がある

 

Cons

眼鏡使用者にはかなり厳しい短いアイポイント(12mm)

意図的に使用されている高粘度グリスによるフォーカスリングの異様な固さとフォーカスの迅速性の無さ

ポロ特有の内面反射とグレア(逆光)から逃れられていない

周辺像は崩れるクラシックなアイピース設計

Nikon 8x30EIIとはテイストが違うが、Nikonで満足できる層もかなり多いと思われる(価格差から鑑みて)

上質なコーティング



はじめに誤解を解くべく申し上げると、Habictのフォーカスリングは「異常に硬い」です。これは気温の低い高いは無関係で、使用していても柔らかくはほとんどなりません。また、この理由でフォーカスリングを1本指で素早く動かす事ができません。しかし、これは仕様ですので間違っても販売店や代理店に苦情を申し立てることはしないでください。過去、苦情として対応しオーストリアに送られた事があると聞きましたが何も変わらず戻ってきたそうです。これはこのタイプの双眼鏡が欧米では狩猟や風景観察用途でピントを頻繁に動かさない、また後述しますがポロプリズム・センターフォーカス(CF)の機械的脆弱部であるフォーカス軸の上下動による左右接眼筒の偏りやガタを排除する意図もあると思われるからです。

対処法としては、右手人差し指と親指でフォーカスホイールを上下から挟んで回すことです。

そして左手人差し指をアイピースブリッジの上に指を真横に置くことで、無料のヘッドレストができあがります。(これはおまけ情報です)

アイポイントが12mmと短い割に、ゴム見口がアジア人の眼窩には浅くアイポイントを固定できない(ブラックアウト、周辺光量、グレアなどが落ち着く場所へ)ため、指による応急ヘッドレストはこれらを解決する手段として有効です。 眼鏡使用ではゴム見口を外せば使用はできますが、金属部と眼鏡が常に擦れてしまうためメガネ用ゴム見口が別途ラインナップに必要かと思いました。実質メガネ使用はできないと思います。

 

コーティングと内面黒色塗装の仕上げについては、過去に見た同機種(2000年頃の製造品)より数段改善していると思われます。

しかし、ポロプリズムI型の構造的グレアとプリズムの漏光は避けられない為、クレセントグレアは時に視野中心を超えてほぼ全域にかぶってしまいます。このあたりはNikon 8x30EIIと変わりありません。

内筒の施条(ねじきり)がしっかりしています

 



中心像は素晴らしくNL Pureと彩度とマイクロコントラストのつき方が少々違いますがシャープネスは同等レベルです。

物体の階調再現に優れモノが扁平に見えません。また、視野内の空間の素通し感があり強いて言えばZeiss 6x42スキッパーに少し似ています(色の濃さや再現は全然違いますが)特に白い色の花、グランサムツバキをGenesis 33と比較した時にはKOWAが日本画調の全体の統一感を重視したシックな白色に見えるのに比べて、Habichtは輝度の高い部分の透明感と輝きがあり、結果、緑の葉の中から白い花だけ切り取ったように浮かびあがって見えました。

 

暗い森の暗部ではダークでがっしりとしたコントラストの重量級の質感・実在感を描写します。サイトロン SV842EDが幾分軽い描写に思える程です。木立の逆光条件ではグレアで視野内が白くかすみほぼ全滅となります。

ポロプリズム機特有の視差による立体感もありますが、それによる疲れが長時間使用していてもありません。

 

廉価機は、光軸調整回転・倒れがあるか、または光学系の本質的な部分ではなくそれ以外の機械精度による光軸の再現性に課題があるものが多数見受けられます。例えば目幅調整の位置により並行度が変わってしまうもの。フォーカスや視度補正の位置で視軸や並行度が変化するなどです。例として画像の他社中国製CF機ですが、水準器をあててCFのフォーカスを動かすと水平がわずかにずれます。

他社CF機のフォーカス移動によるずれ(1)

ずれ(2)


これは左右どちかの接眼レンズ側がCFの行きと帰りで傾いている事を示し、左右のピントや像の合致がなんとなく気持ち悪いと思う原因の一つはこの精度にもあると思われます。なお、Habichtは水準器をあててフォーカスを上下に動かしても気泡が全く動きません。相当の機械精度を保っていると推察します。(ZeissのClassiCも同様でした)

 

 

他機種との比較によるインプレッション

 

白鳥をNL Pure 10x42 , SLC HD 10x56と比較

白鳥の白い羽毛輪郭を観察すると色づきのフリンジはNL PureとSLC HDの中間程度です。白い色自体の色の抜けと羽毛のディテール描写にHabictは優れます。いわゆる解像力の線は少し太めかもしれません。ボケの全後空間がスムースですがボケ量自体が少なく、玉ボケが周辺にかけてレモン状・回転気味に見えます。

 

青空のイロハカエデ

晴天の青空に楓の輝くような緑と赤色は、デジタルカメラのsRGBではいわゆる色域外というモニター上などでは再現しにくい色彩です。それは双眼鏡においても似ており、内面反射や透過率の悪さで燻んだように、また、光学系の波長毎の透過や反射率(蒸着面)の違いでその色の印象がかなり変わってくる対象物です。 NL Pure 8x32と Habicht 8x30は基本的に同様の美しい色再現と忠実度です。もちろん解像力的にはごく中心を除いてHabichtは周辺にかけて像が崩れていきますし、戸外においては天空に向けると方向で内面反射のグレアと強光源によるゴースト的なものが圧倒的に多く出てしまいます。

 

M44 プレセペ星団

同時に比較した56mm Swarovski SLC, NL Pure 42mmが視野中央に細かく星が散らばった様が容易に見えるのに比較、星の明るさや色の印象が一段劣ります。しかし口径の差は別にしてHabichtはコントラストが高く、透き通ったオレンジの色が純度高く伝わってきます。 8x30ですとヒアデス星団あたりのほうが見応えがある気がします。

星像は中心から半径50%が整っておりそこから外周にかけて非点収差も含んだ崩れ方をします。

 

夕景の薄暗がり

NIkon EII 8x30との比較

茜色に染まる雲のグレーに沈む低コントラスト部分はHabictの方が階調が豊富でした。色の偏りがEIIの方が黄赤に若干かたより、Habichtが強いて言えば緑青なので夕焼けの見栄えはEIIの方が良いです。 像面湾曲は両機ありますが、Habichtの方が少ないです。

 

人工星(6500K)による焦点内外像

焦点外像

焦点内像

G色の焦点内像・外像の対称性、整い方が素晴らしいです


そもそもポロプリズム機の食わず嫌いであった私に、しかもPorro Prism システムが発明され150年以上の時を経て完成されたNikon 8x30EIIやデルトリンテム、Habichtなど30mmポロプリズム双眼鏡の銘品を語るには至らない部分が多いと痛感しました。とりあえずインプレッションという雑文で逃げてみました。 

高価になってしまったSwarovski双眼鏡のラインナップにおいては比較的安価な隠れた銘品だと思います。

小ぶりで使いやすいケース