ジャングルさんの双眼鏡・単眼鏡レビュー Binoculars and Monocular Review

素晴らしい銘機から普通機まで、双眼鏡・単眼鏡についてその覚書

気がつけばご長寿なキヤノン 10x42 L IS WP

バリアングル光学式手ブレ補正、ダブレットフィールドフラットナーレンズ UDレンズ採用 最短2.5m

 

発売年が正確に記載されている公式資料を見つけられていませんが、価格.comの発売時価格情報を見る限り2006年8月とあります。もう10年を軽く超え20年へと近い事を知りますと、もうキヤノンは本当に更新する気が無いのだなと、一種の諦めと製品が売れ続けているからであろう実績に対するキヤノンの自信への感嘆が交錯してしまいます。一方で発売時価格と2024年現在の実売価格が殆ど変わっておらず、欧米競合品の恐ろしいまでの価格高騰に比べればキヤノンの良心を感じずにいられません。

 

 

実は過去に本機種を購入していました。しかし残念ながら初期不良らしき症状があり返品しているため長期の使用経験がありません。その後も何度か購入に至りそうな波があり品川のショールームにおいて10x32ISとの比較を何度もしていますが、結局購入に至ったのはシフト式の10x32ISだったります。 今回フォロワー様からの貸与をいただき、レビューというよりは他機種との比較を散文的に記したいと思います。



まず、どうしても長年この機種を手放しで受け入れられない理由が光学式のバリアングルプリズム手ブレ補正(IS)にあります。

 

ISをONにすると周辺の色ずれ(倍率色収差と色毎の像面湾曲の差)が少し強くなる傾向があります。白い物体を周辺に置くと外側がパープル、内側中心方向にライム色のずれがみられますが、それがIS駆動で僅かに増えます。

また、三脚に固定し人工星等の観察を行うとISのOFF状態と比較し、究極的な解像力がONでは落ち、画面全体に本当に僅かな斜がかかった様に見えます。 戸外において背景の明るい部分がISのONで部分的に揺らいで見えたり、視野をパンした(振った)際に視野内の一部分が揺らぎ残り、遅れて像内の均質性が取れたりする現象があり、一度気がついてしまうと生理的に気分が良く無いという事があります。いずれも一般の方が言及されているのをあまり聞いたことがありませんので、重箱の隅を突くレベルの個人的な印象なのだと思います。 後発のシフト式10,12,14x32ISではこの現象が起きないため個人的にはバリアングルプリズム固有の事象だと思っています。

 

10x42LIS 親指の置き場に迷います

 

10x32 ISとの比較

持ちやすさは10x32ISに分がある。親指の位置がLISでは鏡胴の太さと絞られていないデザインの悪さでどうにも困る。

LISはフォーカスノブの位置が遠く使い勝手が良く無い。

 

10x42LISは焦点前後にパープル/ライムの色ずれが少し感じられるが、焦点では収束する。緑の葉や枯れ葉の質感豊かな再現と階調のつながりがスムースで非常に自然に、かつ、リアル感を見せる。 視野内のクリアさを保っているが僅かに少しコントラストの低いごく薄いベールを感じる。 対して10x32ISは、焦点前後の色収差がUDレンズ等を使用していないため激しくアクロマート画質であるが焦点面自体は収束している。時にコントラストがどぎつく感じる。視野周辺にかけての色ずれと焦点前後の色収差が激しく木々の描写がざわついている。 白い花の輪郭は美しく無い。解像力はあるが、物体の丸みの感じ方や階調再現が時に中級・初級機の見え方をする時がある。具体的にはハイライト部の飽和が早く時に平面的な見え方をする。

 

IS駆動時は両機ともチリチリとした制御感が限界的な解像部分の限界を観察すると感じるが、シフト式ISの方が微細な揺れを抑え込めてないように見受けられるが、視野内全体の均質性・安定性は高く盤石な動作安定感がある。

 

LISは視野をパンした際に、数秒視野安定時間を要する。LISのボケによる立体空間は非常に美しい。

後ろボケの周辺方向にIS動作で二線ボケが増える時がある。非点収差が増大する影響かもしれない。

 

LISによる暗部の描写は特に濃い葉などは少し黄褐色を感じる。反対にハイライト部分も黄緑を感じる。

10x32ISは黒や暗部のコントラストが強くパンチがある。

逆光時は両機ともクレセントグレアが発生するがLISの方がグレア発生がより強く出てしまう。

鏡胴の厚み感が段違いです

 

Nikon VR 14x40との比較

木立でメジロやシロハラを観察

LIS暗部の緑褐色かぶりを感じる。コントラストが高く視野内の像の艶を感じる。正確な色再現をしているのかは常に疑問。IS ON時のチリチリ動作感をやはり感じる。

VR14x40のIS動作はゆったりとした動きで手ぶれの微細な振動は制御しきれていない。前後のアイポイントによっては盛大にグレアが出やすい位置がある。LISに比べて色再現がニュートラルで、シロハラの愛らしい眼と羽の色彩が正しく見えている。

 

情緒がある見え方はLIS (LIS はウェット。VRはドライ)

LISは像面が大気の揺らぎの様に僅かに部分的に波打って収束する時がある。

 

Swarovski NL Pure 10x42との比較

LISで観察をしていると金色のコンソメスープの中から外界を観察している様に感じる。視野のコントラストの高さと艶感を感じこの点はNL Pureに劣っていない。 IS動作後の不自然さをどうしても気にしてしまい、画面内のどこかに揺らぎ残りや左右ピント合致の不安定・違和感を感じつつ収束する感覚が残る。   NL Pureはポロプリズム機的な中心のシャープさと時に分析的な見え方をし、LISを常に上回っている。正確でビビッドな色再現でもLISを圧倒している。 トラツグミとシロハラを途中からNL Pureでばかり観察していた。比較を忘れる。

10x32 L IS シフト式UDレンズ使用なんて出してくれたら・・

 

いかがでしたでしょうか。UDレンズを使用した色収差補正とL・高級機として恥じない像の艶や立体感を実現しており、実用としての手ぶれ補正と光学性のバランスから本機種を星や自然観察における最高機種と評する方もおられ、それには肯首もいたします。しかし、バリアングルプリズムから起因すると思われる僅かな代償ともいうべき動作不安定さが、後続のシフトIS形式で払拭できている点、NL Pureなど光学性能的に別次元のViewを魅せる機種が台頭してきた現在、薄褐色に偏った視野に微妙に安定しないバリアングルISレガシーを引きずったままにせず、シフト式ISの真のL機種を早く出して欲しいと個人的には思います。 しかし、NL Pure やVictory SF、新型IS 32mmとの価格差を考慮すると1本手元に控えておきたい気もして悩ましいです。