ジャングルさんの双眼鏡・単眼鏡レビュー Binoculars and Monocular Review

素晴らしい銘機から普通機まで、双眼鏡・単眼鏡についてその覚書

古典ポロ機の完成形 Nikon 8x30 EII

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久しくポロプリズム双眼鏡は所有も使用もしていませんでした。理由はいくつかありました。

・見た目が「 The 覗いてる」を体現している形状(まったくの主観です)

・最短距離が長く自然観察に適さないケースがある

・内面反射処理とプリズム構造的な課題があり、その見え方自体に不満がある

・高価格帯ダハプリズム機に比肩するラインナップが各社とも力をいれていない

・視差による強調した立体感が鑑賞距離により時に違和感あり

 

項目によっては「いちゃもんレベル」でポロ好きな方には大変申し訳ありません。

過去、ロシア・DDR・ニコンSPやSE・Fujinon・Vixen・ノーブランド、累々所有したもので手元に一つも残らず記録もしていないという状況ですので、食わず嫌いという訳では無いのです。

 

最近、賞月観星のポロプリズム機や最新製造のSawarovski Habicht 8x30、そして原型となったであろう戦前Zeissのデルトリンテムに触れる機会で私の考え方が少し変わりつつあります。

 

今回のニコン 8x30 EII です。

正直に言いますと、ニコンのポロ機がこんなに良かったのかしら?と驚きました。

使用中はSwarovski Habicht 8x30と終始見比べて使用しました。

2021年最新製造のHabicht 8x30はコーティングに改良が見られ、透き通った視界と良好な色の再現性・中心像の堅い鋭さはNL Pure 32mm機に部分的に比肩するレベルです。Nikon 8x30 EIIとの比較にベンチマークとして最適と思います。

 

像質について

初見は中心像について、下手をするとswarovski Habichtより上かと思いました。

フォーカスリングが軽やかに動く送りやすさに加え、前後フォーカスからジャストピントへの立ち上がりがとてもわかりやすい事もそういった印象の手助けになっています。

 

中心像の限界的な解像力はHabichtとほぼ互角、 仔細に見るとSwarovskiはより階調再現とそのつながりが豊か、ニコンは低周波のコントラストを強くしメリハリを出しつつ(いわゆる線が少々太い描写)、高周波数のコントラストもある程度描けているようで、以前レビューした賞月観星のポロ機の見え味をさらに高級にした感じです。

 

人工星焦点内外像

ピンホールによる人工星焦点内外像でその違いが明らかになります。

内外像の緑,赤の球面収差補正はいずれも見事で内外対称性も良好です。

プリズムの圧迫と思われる真円性への影響がありました。

焦点内外像と焦点像にあるように青の球面収差と色収差補正、特に青のピント位置が遠くずれているため、焦点面で青がハロとなり、かなり広い範囲に散っています。

この事が実視での像全体の青・緑色相対的に弱く感じる一因と思われます。(端的に言うと視野が茶・赤の暖色に偏っている)

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LED 5500K 内外および焦点像



色味の偏りについて

双眼鏡・望遠鏡の色味について透過率という表現があるのですが個人的には色味に与える影響として以下があると考えています。

1) 各波長の透過・吸収(硝材、コーティング、位相)そして内面反射

2) アイピース の瞳の球面収差(覗くアイポイントでの光量・色むら)

3) 波長毎の球面収差補正状況や縦横色収差

4) 外的要因(観察者の年齢による波長別受光感度差、瞳孔径、眼の器質や知覚個人差など)

 

1)については従来大きくフォーカスされ、販売側も購入側も「透過率90%」など端的な数字に影響されやすい印象があります。

 

今回の8x30EIIから 3)の波長毎の色収差・球面収差補正状況が像の色味に影響があるのでは?と思いました。

それは青の透過率が低いというより、収差上、像形成への寄与が低く散っているため結果的に像の色彩再現に影響しているのではないか?という仮説です。

 



試しに月面画像を3色分離し、B色画像だけ少しぼかし再合成したもの、同じく3色分離しそのまま合成した比較画像を生成しました。左がそのまま3色合成、右画像がB像のシャープを僅かに下げ再合成したものです。

まず、B像をぼやかしても全体のシャープさの印象に違いを生じません。

色味については、プラトーの上、アナクサゴラス・フィロラウスのクレーター周辺の光条の白さの違いが明瞭です。

青色の波長を飛ばした謂わばアクロマート的な補正状況は、良質なアクロマート長焦点屈折望遠鏡で見る月面や、SV842EDや8x30EIIによる実視での共通した色の印象を説明するのに個人的には非常に納得感があります。

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左:そのままRGB再合成 右:B像のみぼかし再合成



 

8x30 EIIの話に戻ります。

実際の星空では中心から半径30-40%までが良像で、その後緩やかに崩れ、周辺はコマ収差、像面湾曲、非点収差が強まります。Habichtは見かけ視界が狭い分、崩れ方もマイルドで星の色の純度(ホワイトネス、輝度の高い点像)も8x30 EIIより上です。アイポイントへの寛容さやのぞき易さは圧倒的にEIIの方が上で、そもそもHabichは眼鏡使用はアイレリーフが短過ぎて不可能です。その点EIIは、全視野を一度に見渡せはしませんが、なんとか眼鏡で使用できます。

星空用途とした場合、昨今のフラットナー内蔵の双眼鏡のような像の平坦さや周辺まで点像を保つ見え方は期待できません。クラシックなアイピース設計であることを考慮した上でとても健闘していると言えます。

 

その他、品質的な部分についてです。

中華製ポロ機と一線を画し、素晴らしい造作です。特にマットなブラックペイント塗装 は個人的には大絶賛ポイントです。

プリズムカバーもマグネシウムか、それとも真鍮製かはわかりませんが、とても上質なマットブラックを厚く塗ってあり、ビスの頭も艶のあるペイント塗装が丁寧に施されています。 使っていくうちに擦れて艶をもったり、下地が透けて見えるというエージング的楽しみが期待できます。

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合皮や見口ゴムなども丁寧・上質

 

グレア・内面反射について

森林公園内での使用は逆光や半逆光で盛大にフレア、グレアが現れ、これはHabichtと同じレベルです。プリズムへの内面反射対策が行き届いてはいません。そもそもプリズム側面に反射防止黒色塗装がされているのかもわかりません。

強光源やレーザー光ではHabicht, EIIともに盛大に反射します。 特にポロプリズム は画像向かって手前のプリズム側面3面が構造的に目立ち反射しやすく他のプリズムシステムより内面反射対策的には非常に不利です。

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上:Habicht8x30 下:8x30EII いずれもグレア大

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8x30EII 手前プリズム 側面(3面)の反射が課題




総合して、自然・野鳥観察や天体用途にもっと再注目されるべき機種だと思いました。(界隈では名の知れた機種ではもちろんありますが)メーカー側としても中華製ポロ機との品質の違い、その良さを差別化しアピールすべきものと思います。

単にMade in Japanの刻印を超えたニコンの品質へのこだわりを感じられる製品です。

また、ニコンを選ぶ理由のひとつに、修理費用が他社(特に海外勢)と比較し非常に良心的である点も検討すべき点です。

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カバーのBP塗装、対物のコーティング、いずれも上質



本機はフォロワー様よりお借りした機種によるレビューとなります。

Paid レビューではございません。