ジャングルさんの双眼鏡・単眼鏡レビュー Binoculars and Monocular Review

素晴らしい銘機から普通機まで、双眼鏡・単眼鏡についてその覚書

SWAROVSKI  EL SWAROVISION 10x50

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Swarovison 50mm機を試用した時はまさに衝撃だった。「鮮烈さ」という言葉を苦し紛れの表現で使い出したのもこの機種からである。 Color fidelity という単語の本質的意味と意図することに意識しはじめたのもこの機種からだと思う。

近年の双眼鏡におけるパラダイムシフトを起こしたのがSwarovisonであり、一部愛好家からアンチの声が上がったのにも一定の納得感はある。

 

 

本レビューでは画像とバードウォッチングの部分がマイナーチェンジ前のEL、天体使用は主にWBでのインプレッションである。

 

 

WBマイナーチェンジによる光学的な変更はコーティングの改良のみと言われている。

日中のビルの白い壁と日陰の暗部を同時に視野内に入れた際に、そのコントラストと白い壁の透明感の描写において、サイドバイサイドで取っ替え引っ替えして、何とかわかるレベルで違う。このレベルなら、汎用ストラップが使える旧SWAROVISIONでも良いかとその時点では思ったが、後日聞く話では回転球現象(RB GE)が出にくくなったとの噂もある。(私個人は違いがないと思っている)

 

 

まず、多摩川河口の殿町干潟にて子供と探鳥会に参加した記録から・・

大潮の干潮で、しぎ、ちどり、こあじさし、ゆりかもめ(冬・夏の顔が白と黒の2種)カワウ、カモ 各種潮の引き状態・時間の経過にあわせて多種の鳥が顔をだし、移動していく。 

手持ちと三脚使用の併用で観察した。 

 

10倍という倍率は鳥を見るのに拡大が足りない側面はあるが、ホバリングするコアジサシが急降下したり、急旋回する様を追うのに、より高い倍率機やフィールドスコープではつらいと思われる。

最初はフォーカスノブにグリスのトルク感が少なくカリカリ・スカスカ感が気に入らない点だったが、フォーカス追尾の点で実際に鳥を追うことにより、かなり使われる場面を想定して設計されていることを実感できた。ボケた像から比較的素早くフォーカスを合わせられる。しかも何がボケているのかが分かりやすく、ボケ像自体にも美しさがあるのが特徴。 

 

先鋭な解像力を中心から広範に維持している事で、視野のどこで捕らえても堪能できる。 特に、高輝度な背景をバックに白い鳥のエッジに色収差が少ないということがどれだけバーダーに見易さを与えるのかも実感できた。コントラストおよび輝度の高さで白い鳥のディテールが潰れるような事もなく、階調とのバランスも取れている。印象的な白い羽毛の輝きの背景には、水面の反射のきらめきがボケて見える。それも収差による色づきが少ないことで、とても自然で肉眼視の延長のように鑑賞できる。

 

三脚に据え付けて双眼で見ると素晴らしい解像力をさらに発揮できる。単眼でみるスコープよりも両眼視による脳内補完で倍率の低さをある程度補えている感じである。

それに、小学生には10倍双眼鏡を手持ちで鳥を追うのはやはり難しいようだ。 小学生とスワロELを知っているプロのガイド役バーダーさんがそれぞれEL50をのぞいては「すごっ!」と唸っている。

 

50mmが日中に必要かは議論があると思うが、視野内の明るさと解像力に寄与している点と、瞳径の大きさか、はたまた接眼レンズの設計の妙か、ブラックアウトがしにくく目の位置に寛容なのも良い点。太陽が高い位置にありある方向へ向けた際に、鏡筒内への反射で視野周辺にわずかなノイズゴーストが見られたが、それ以外で例えば真っ白くフレアがかったりゴーストがでる事は起きなかった。

 

 

回転球現象について GE(グローブエフェクト) RB(ローリングボール)

 

パンニングによるグローブエフェクト(回転球現象)は、海沿いなど広い場所では気にならない。 木立のような直線が乱立する森の中で鳥を探すシチュエーションにおいては、パンすることで「かなり気持ち悪く」回ってしまった。見かけ視界がシリーズ中一番広い(旧基準64度)ことで、最周辺の像の圧縮が強く、余計にグローブエフェクトを感じやすい。 

 

10X50のグローブエフェクト(ローリングボール)現象を、樽型の歪曲補正のせいだと主張する方がおられるがそれは間違いで、直線歪曲補正はほぼ真っ直ぐである。しかし、直線歪曲補正による弊害が周辺にかけての立体物や円形物の倍率差と歪みに現れる。 月などの像が明らかに中心と周辺で変わるのが良い例である。

直線歪曲収差を補正していることによる回転球現象はSWAROVISIONの特徴のひとつで、10X50は8.5x42よりも更に強い印象である。見かけ視界が2度ほどスペック上広いことと、正確に測定はしていないが、見かけ視界の55-58度を超える周辺部で急激に角倍率の低下と物体の変形がおきるため、回転球をより強く感じる。 ちなみに接眼レンズの第一面に息を吹きかけると、通常のレンズと違い画像の赤い円内外でムラを検知できる。しかもこの円部分をマスクすると、丁度実施でGEをエンハンスする領域と重なる。 賞月氏のサイトで以前、Swarovisionの断面画像を拝見したが、ちょうど接眼レンズの第一面が複合非球面のようにも見え、接合レンズ部の曲率が大きく変わる部分が赤い円にも符合する。

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耐久性が必要な第一面に複合非球面を使うであろうかという疑問は残るが、現在のところこれが理由ではないのかと思っている。 広視界双眼鏡ではGEを防ぐ目的で、低コストの双眼鏡はのぞいて、糸巻きの歪曲収差を設計上残すのがセオリーであった。しかし、携帯フォトなどの需要にミートさせるためにSWAROVSKIはこのような設計に至ったと推測している。その理由に、円形物を視野外に置いた場合、目視では変形と角倍率低下をおこしているのに、IPhoneで撮影すると全く中心像と同じ変形の無い像で撮影できる事を確認している。

 

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(注意)グローブエフェクト(GE)は脳の視覚システムによる錯覚の一種であるとの解釈が一般的であり、個人差に影響する部分もあるため、このレビューをはじめとする個人の経験が万人には必ずしも当てはまらない事に留意ください。

 

天体観望での使用

天文用途では市街地での使用から肉眼で5等星程度まで見える地方で使用したが、どのコンディションでも素晴らしい像を提供する。

中心から最周辺のエッジ部を除くエリアまで良像範囲は広く、非点収差も気にならない。僅かな像面湾曲は周辺にあるが気になるレベルではない。Swarovision全機種に言えることだが倍率収差は残っていて、月を周辺に置くとそれなりにわかる。

 

月、特に満月近くで月面を美しく見せる光学系は、望遠鏡でもその優劣?かどうかは別として差が出る観察対象だと個人的には考えている。それは一様に光源がフラットにあたり、光の強度が高いことでディティールを限界的に表わす能力を求められるからである。10x50で見る満月は倍率の低さを除いて印象的である。

海の部分の滑りや、ティコやコペルニクスからの光条が広がっている様をキチンと描写できている。ゴーストや内面反射も最小で、背景の黒さも際立つ。時々雲が流れて月に流れ込み、雲の複雑な陰影を照らして消える様を見ると、川端康成が山の音で描写した雲の炎を思い浮かばせる。

5等星が肉眼で確認できる条件での星景では、M8 M20から銀河中心部、冬の天の川、一切の固定観念を忘れて楽しめる。ヒアデス内の星の色の違い、ぎょしゃ座内のいままでの双眼鏡では気づきにくかった星雲・銀河の認識、小さい発見がある。この瀬戸内海沿いの宿では、部屋に戻ってからも窓を開け放し、畳に寝転び、腕力の持続す限り冬の空を見続けた記憶がある。

一方で市街地の観望でも美しい星像は結ぶが、淡い対象が光害で全て消え去ってしまうため、3-4cmの良質な機種との差が縮まり、より星座の並びを視野広く見たい見方に無意識に変わってしまう。その場合、10倍という倍率が問題になってくる。手持ちで10倍はやはり手ブレとの戦いである。対象を注視する、し続けたいと思わせる状態においては我慢ができる。

ELに7x50や8x50が欲しくなる瞬間である。

 

美術鑑賞での使用

美術品といっては失礼なのかもしれないが、この双眼鏡で一番衝撃を受けた観察対象は、奈良 興福寺の八部衆像である。

八部衆立像では勿論、阿修羅が断然有名であるが、個人的に好きなのは迦楼羅、乾闥婆、そして胸部から上のみしか残っていないが何とも愛嬌のある表情の五部浄像。

いずれも金の彩色が残る部分の絢爛さ美しさ、乾漆の解れの繊維、これらがEL50を通して恐ろしいまでの質感をもって迫ってくる。しかも触ったらこんな手触りであろうというザラついた感触が脳内でフラッシュバックする感覚があり、一瞬の恐怖を覚える。

その後、美術館使用にも積極的に使用したが、鑑賞距離によっては最短2.8mが支障を来すケースもあったが、薄暗いことの多い展覧会では口径による集光力が役に立った。

 

まとめ   

今後NL Pureの50mmやZeiss SFの50mmが出るまでは、50mmの「原器」である可能性が高い。

 

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