ジャングルさんの双眼鏡・単眼鏡レビュー Binoculars and Monocular Review

素晴らしい銘機から普通機まで、双眼鏡・単眼鏡についてその覚書

Zeiss 7x42 B/GA ClassiC - Dialyt は本当に絶対王者か? (2)

実視
20代の頃に一度本機を所有したが、好きになれず。

より視野が落ち着いて見え、かつ中心像のキレが素晴らしいLeica Trinovid BA 7x42 や
薄暮夕景が油彩画に見えるSwarovski SLC 7x42 の順にすぐに乗り換えてしまった。
7x42 Classicに対するその頃の印象は、輝度の高い部分での煌めきと視野全体が「なんだか眩しすぎる。落ち着きがない」であった。
同時期に当時新宿にあったニュートンという販売店で6x42 スキッパーが確か12万円程度の展示特価で悩んだ事があったが(今思えば買っておくべきだった)
その印象もとにかくぶっちぎりで「暴力的に眩しく目が痛い。美しいけど何この落ち着かない双眼鏡」というのと共通していた。おそらく、青紫の波長に対する眼の感度がまだ鈍っていない若者だったからというのももしかしたらあると思う。加齢による受光波長別感度の低下は、そのグラフを見ると愕然とする。若いうちに見聞きしておけ、というのはある意味本当。

本機はグリス汚れなど機械部分と一部プリズム部の清掃をで行った上、接眼レンズ部分の新品交換および光軸調整と点検をツァイス ジャパンにて実施した個体である。
改めて40代の眼でこのClassiC個体を見ると。

まず視野全体が明るく、抜けと透明感を強く感じる。周辺光量落ちも気にならない。以前所有した時に感じた眩しさと視野の落ち着きの無さは感じない。しかし、しばらく見ていると何か別のざわついた感じがする。これが正直なところである。
SwarovisionやConquest HD等のマクロコントラストを立たせる現代機の見え方に慣れてしまうと、比較的マイルドな中心解像には目がいかず、縦横それぞれぞれの色収差からくるClassiCの視野のざわつきに強く違和感を持ってしまう。

その後のフィールド使用においても、白い水鳥の輪郭、雪を戴いた突き抜ける晴天下での山岳風景、対象に没入する以前にClassiCの色収差フリンジに気が散ってしまう自分に気がつく。
また、中心結像の高さも良い方ではあるが、倍率差を差し引いてもConquest HD 32などの現行機の方が輪郭の境界、強調により明瞭である。
見かけ視界60度の良像範囲は中心から半径3割程度で、像面湾曲が強く、中心ピントを3-4mあたりにおくと10-20cmレベルでで周辺が後ピンになる。星像など無限遠では問題になるが、立体的な中近景を見る分には問題では無い。 非点収差の格差は激しく、星では周辺像は全く点にならない。 と、ここまでネガティブな部分を先に書いているが、観察する対象全てにおいてWow!!を提供する機種では既に無いと思われる。

それでもこの双眼鏡が素晴らしいと感じる点がいくつもある。それは。

 

輝度の非常に高い部分、例えば星では針で突いたようなアポクロマート的な点像ではなく若干散っているのだが、特に1-2等星以上の星像に透明感、色、煌めきを印象的に感じら
微光星の粒にも存在感を感じる。 星像から既視感を感じたので記憶をたどると、不思議なことにC50/540アクロマートの像を思い出した。ヘンゾルトとJenaに直接の繋がりはないと思われるのに。

自然の景色においては水面や木々の緑の葉に反射する光に対して同じように美しさを感じられる。人工物には面白みが無いが、唯一金属光沢部は圧倒的な描写力を見せる。
視野全体のコントラストは非常に良好である。F値の長めな1群2枚セメンテッドのアクロマートに、内筒の遮光壁構造をはじめとする良好な反射防止策。
フォーカスレンズ構造がない単純な光学系とミラー面の無いプリズムなどから来ていると思われる。意外にも接眼レンズ系にはレンズのコバ塗りや内筒への黒色塗装がされていないが影響はそれほど感じない。

視野のカラーバランスは僅かな黄色を帯びているが、艶のある透明感のある薄い味醂の中から外界を見ている感覚で独特である。階調のつながりが良く、物の質感と艶の再現に秀でる。 これは研磨や硝材の品質から来るものなのか、写真オールドレンズで得られる良質な描写を思い起こさせる。

そして個人的にはこの双眼鏡の真骨頂は、存在するそのものの空間を感じさせる雰囲気というか描写を限られた条件下で見せることである。
森の木立など薄暗いところから、奥行きのある輝度の高い陽の射す部分を見たりすると、双眼鏡という光学系の無い素通しの筒を見ているような錯覚を起こす事がある。
しかも、その景色には複雑な光に反射する霧のようなアウトフォーカス描写が周辺にまとわりつき、一種独自の絵画的な味付けをし、思わず恍惚としてしまう。

余談だが、Pleasing HR 6.5x32 がこのような条件でClassic 7x42と同じでは無いがちょっと似た描写をみせることがあり、正直仰け反った事は告白しておきます。

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対物前リングを右側だけ反射防止塗装を施し比較。

内面反射に関しては特定条件以外ではあまり気にならないが、プリズムの側面、対物レンズ前の施条ネジリングとラバーゴム部分がクレセントグレアを視野周辺に盛大に生じさせる場合がある。また、接眼レンズの内筒が若干光る。

不思議なものでこの機種だけを数日間通して使用すると、Swarovisonなどの機種と比べて気になる縦横の色収差や像の高周波コントラストの低さが段々と気にならなくなる。しかし、一旦、現代ハイエンド機種と見比べるとその差は歴然としてある。

現代のハイエンド機種に失われたWow!がClassiCにはある事は認めるが、それはある特定種目の特定階級に関する「王者」であって、双眼鏡の絶対王者で無いと言える。

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